はじめて仮説実験授業を実践しようと思う人へ


●はじめに
 私が仮説実験授業に出会ったのは,今から40年ほど前,『未来の科学教育』(板倉聖宣著・仮説社)という本によってでした。私はその前の教師生活の中で「科学の感動を子どもたちに伝えたい」と思っても,全然できないという経験を持っていました。『未来の科学教育』の本では《ものとその重さ》の授業の様子が,授業書とともに紹介されています。それを読んで私は「これなら私にも科学の素晴らしさを伝えることができる」と思いました。それだけではありません。私は自然科学についてはかなり自信を持っていたのですが,《ものとその重さ》の授業書の中には,私が間違えたり,「自信を持って答えることのできない問題がありました。だから,それについて「学びたい」と思いました。
 しかし,私が実際に仮説実験授業を行うようになるまでには1年近くかかりました。当時は入門講座のようなものもあまりなかったため,今一つどのように授業したらいいのか分からなかったということがありました。また,教科書を使わずプリントで授業することに対して「そんなことをしてもいいのかなぁ」といったようなことを思ったこともありました。それは仮説実験授業をすでに実践している先輩の話を聞くことによって克服することができました。はじめて実践した授業書は《溶解》でしたが,その授業が終わって子どもたちに書いてもらった感想を読んだ時の感動は今でも忘れることができません。そして,それからずっと実践を続けてきています。

 実際に実践するようになってからも最初のうちは,〈内容的には教科書でやるよりもずっと高度なことを教えている〉という意識はあったけど,〈教科書を使わないでプリントで授業する〉ことについて「叱られるのではないか」ということを思ったこともありました。誰に「叱られるのではないか」と思っていたのかというと,それは同学年の主任の先生であったり,校長先生であったり,保護者であったりでした。でも,理科教育の本来的な目的からいったら,決して恥ずべきことをしているのではないということには自信がありました。ですから,時には同僚には内緒でやりつつ,見つかった時のために指導要領の大目標を記憶しておいて,「それには違反していません」と言えるようにしておきました。また,時には春のうちに主任の先生には「理科だけはちょっと違うことをやりたいんですがお許しください」とお願いしてやったこともありました。

 保護者については,国語や算数の力をちゃんとつけられるように努力したせいもあるかもしれませんが,理科で教科書を使わない授業をすることについては,ずっと褒められることはあっても叱られるようなことはありませんでした。褒められるのは,仮説実験授業を受けた子供たちが家に帰って生き生きとその授業のことを語るので,その内容が高度でたのしいことが保護者の方々に分かるからでした。
 自分がたのしいと思って仮説実験授業をやっていても,自信がない頃には,子ども達に「教科書の授業とどっちがたのしいですか?」と言ったようなアンケートをとったことがありました。アンケート用紙を配ったとたん,「そんなもん,きまっとるがな〜〜!」と大きな声でいう子ども達に,「そうか〜。きまっとるのか〜」と思った時もありました。
 私にも「たのしい授業」が実現できる喜び以外にも,どんどん新しい授業書ができるので,それによって私自身が賢くなる喜びを味わいながらこの40年間を過ごしてきました。
 仮説実験授業に出会われて,少しでも「仮説実験授業をやってみようかな」と思われたのでしたら,是非教室でこの授業を実践していただけるといいなぁと思っています。そのためのお手伝いになるかどうかわかりませんが,この後に仮説実験授業の実践の手引きのようなことを書かせていただきます。

●実践にあたって

◇授業の前に
 授業の前に行うこととしては,まず「授業書を手に入れて印刷する」ということがあります。授業書はこの冊子の「物品購入先」のところも書いてありますが,仮説社で購入することができます。そして,もう一つ,「実験の準備」があります。
 ほとんどの実験は理科室にあるような実験道具でできますが,たまに特殊な道具があります。また,最近は問題の説明やお話を分かりやすくするのに便利な「絵カード」などがあるので,それを手に入れるとスムーズに授業が進むことがあります。それらは,入門講座などの売り場で売っていることも多いのですが,もしも近くにサークルがあったら,サークルに行ってみることをお勧めします。というのは,サークルのメンバーは実験道具や絵カードなど授業グッズをたくさん持っていることが多いだけでなく,「初めて仮説実験授業を実践する」という人には,とても喜んで道具を貸してくれることが多いからです。この冊子に東海地方のサークルとその連絡先が書いてありますので,遠慮せずに行ってみましょう。
 そして,実験前にはできるだけ予備実験もしておくことをお勧めまします。予想の成否を決めるのは実験ですから,教師の不手際で「思いがけない結果になってしまった」などということのないようにしたいと思います。

◇授業の進めかた
1.授業書を1枚1枚配る。
 授業書を綴じておくためのファイルか挟み込んでおく表紙の  紙などが必要です。用意しておきましょう。また,1枚1枚配るのは基本です。「めんどくさいから」などとまとめて配ってしまうことのないようにしましょう。

2.問題の説明をする。
 みんなに問題の意味をわかってもらうこと,選択肢の意味を  わかってもらうことが何よりも大事です。実験道具があればそれを使って,実験結果が分かってしまう寸前までやって見せます。言葉より,絵,絵よりも実物の方が分かりやすいでしょう。ものを見せる場合も,子供達がよく知っているように思うものでも,ふだんは問題意識を持ってみていませんから,手に取れるものであれば,手に取ってみることができるようにしてあげるとよいでしょう。問題は選択肢までふくめて問題です。
 授業書ごとに『授業ノート』という冊子が売られていたりしますが,そこには,問題ごとにその説明の仕方などが具体的に書いてありますので,とても参考になると思います。

3 予想を立ててもらう
 問題の説明をしたら「さあ,どうなるでしょう?」ということで,予想を立ててもらいます。この時,私は初めて仮説実験授業をやる子の場合には,たいてい「間違えてもいいんだよ」ということを言います。「この問題はみんなまだ習っていないことなんだからね,間違えて当たり前だよ。だから,間違えて,あっそうかと思えば勉強になるんだから,間違えることなんてこわがらずに,エイッと思いきって決めてね」だとか,「みんな学校へ勉強しに来てるんでしょう。それは知らないことがあるから勉強しに来てるんだよね。全部知ってたら,何も学校へ来なくたっていいもん。だから,知らないことがあって当たり前なんだよ」なんて,言ったりします。それから「相談したり,友達のを見たり,見せたりしないで,自分で考えて決めてね」ということも言います。これらのことは状況に応じて,しばらくの間は,毎回問題のたびに言ったりします。
 でも,こういうことを言ったからといって,場合によっては,なかなか予想が立てられない子がいることもあるでしょうし,相談したりする子もいるでしょう。仮説実験授業の運営法のとても大事なことに「いい雰囲気」ということがあります。この後の理由や討論の時でもそうだけど,注意したっていいんだけど,その注意の仕方によっては,教室中が,いや〜〜〜な雰囲気になってしまいこともあるし,そうでないこともあります。仮説実験授業の問題というのは,問題自体が楽しいものなのですから,そのわくわくした楽しい雰囲気を教師が壊してしまうことのないよう,配慮しつつ注意しましょう。予想が立てられない子がいた場合「嘘でもいいから,エイッと」というようなことを言って,しばらく待ってあげることも必要だけど,それでもだめだったら,少なくとも実験の前には決めてもらうようにするなど,妥協すればいいでしょう。また,人に付和雷同せず,自分自身で考えることを大事にするということも,授業をやっていくにつれ,身につけていってくれるでしょう。

4 予想の集計をする
 中学生に初めて授業した時でしょうか。「では,今から,みんながどの予想に○をつけたか,手を上げてもらいます」と言ったら「エッ〜〜!!」と言われてびっくりしたことがあります。自分がどう予想したかということを手を上げてみんなの前に表明するということだけでも,初めての人間にはとてもドキドキすることのようです。私は一応この時にも「自分が○をつけたところに正直に手を挙げてね。変わりたくなったら,後でちゃんと変わらせてあげるから,嘘をつかないでね」なんてことを言ったりもしますが,こんなことは言わなくてもいいかもしれません。そうそう,集計はみんなの様子を見たり「まだ考え中の人,手を上げて下さい」とか聞いたりして,みんなが○をつけたことを確かめてから行います。また,人数の調べ方については,男女別にする人もいるし,しない人もいるし,どちらでもいいのですが,男女別にすると,男女で予想分布に違いがあって,おもしろいこともあります。
 予想分布は必ず板書しましょう。自分の予想が多数派なのか少数派なのかを知るだけでも,興味がかきたてられたりします。

5 理由を言ってもらう
 「では,今から,アならアの人に,どうしてそれを選んだのか,その理由を発表してもらいます。でも,もしも「なんとなく」それを選んだったら「何となく」でもいいんだよ。でも,「前にこういうことがあったから」とかなんか,思ったことや考えたことがあったら教えてね。間違えてもいいんだからね」という感じで,理由の発表をしてもらいます。
 私のやり方は,人数の少ない予想の人から,まずその予想の人全員に立ってもらって,その中の誰かに私が指名をします。指名された人が理由を言って,同じ理由だった人には座ってもらいます。全員が座るまでそれを繰り返して,全員座ったら,次の選択肢に行きます。ただ,全体的に「理由のある人は言って下さい」という聞き方をした場合には何も出てこない時でも,こういう聞き方をすると言ってくれるということは何度も体験してきましたが,「アの人,○○ちゃん」「なんとなく」全員座る。「イの人,○○ちゃん」「なんとなく」全員座る。「ウの人○○ちゃん」「なんとなく」全員座る。・・・・というようなことになっても,決して不機嫌そうな顔をしたりしないようにしましょう。
 問題がちゃんと説明できていて,子供に問題の意味が分かっていれば,絶対子供達は考えています。その考えた中身を教えてほしい気持ちは誰にでもあると思いますが,無理やり言わせるようなことは絶対しないでください。意見を言わないと,仮説実験授業の目標が達成できないということはありませんから。初めてやった授業で誰も理由を言わなかったからといって落ち込むことはありません。問題の意味をつかみ,実験がはっきり分かれば,それだけで楽しいものだし,表現しなくても考えているものだからです。もしも,心配だったら,最後に簡単に「今日の授業の感想を聞かせて」と聞いてみましょう。

 子供達から理由が出た場合,その理由を板書する人もいますが,それはあまり必要ありません。というより,先生はなかなか子供の真意をつかめないことが多いし,子供はちゃんと誰がどんなことをいったのかを覚えているので,やらない方がいいと思います。また,理由の中には,明らかに間違った考えがあることがあるでしょう。もしもそれが,問題の意味をまちがってとらえているのなら,それは間違えてとらえた子供が悪いのではなく,そんな勘違いを起こすような説明をした教師の方が悪いのですから,「ごめんなさい」をいって,説明しましょう。しかし,そういうことではなく間違っているような意見の場合は,教師根性を出してそれを指摘するようなことはしないようにしましょう。どんな意見でも「なるほどね」とそのまま素直に聞いてあげましょう。教師より子供の方がもっと深く考えていることもよくあることですから。
 また,時には「やったことがある」というようなことを言うこともあるでしょう。それが正解の場合だと教師は「これで答えがばれてしまった」などと思ってうろたえたりすることがありますが,子供達は「やったことがある」という意見もひとつの仮説としてしか考えません。もし,それで答えがばれるような結果になることがあるとすれば,それはその意見によってうろたえた教師の姿を見て,子供達が判断するのです。どんな意見が出てきてもうろたえないようにしましょう。

6 討論したかったら討論する
 「では,今の理由を聞いて「あれ〜それはおかしいぞ」とか「もしそうだったら・・・・」とか,質問したくなったこと,攻撃したくなったことがあったら言って下さい。それから,もし,変わりたくなった人がいたら,この時に手を挙げて変わるんだよ。変わった時は,消しゴムで消さないで,矢印でこういうふうに書いてね」 というようなことを言って,討論ということを説明します。
 ここでは,決して指名はしません。言いたい子がいたら言ってもらうのです。この時,誰も意見を言っていないのに,いきなり予想変更する子もいますが,それは,自分なりに考えた結果ですので,「単に付和雷同しただけではないか」などという気持ちで,不快感を見せないようにしましょう。この場面では(理由発表の時も),指導力を発揮しないことが大切です。
 授業の中で一番ざわざわしがちなのが,この討論の時です。ある程度は仕方がないでしょう。でも,注意をしてはいけないわけではありません。「○○君の意見を私は聞きたいんだもん。だけど,あんまりうるさいと聞こえないよ。私が意見を聞きたいから,頼むから静かにしてよ」・・・・・という感じかな。いい雰囲気を保ちつつ行いましょう。 

7 実験をする
 結果が分かりやすいように配慮して行う。基本的には教師実験ですが,実験条件に配慮する心配もない実験で,簡単にできるものとか,実際に自分でやった方が結果が分かりやすいものの場合は,子供達にやってもらうこともないわけではありません。でもほとんどの場合は,教師実験でやります。教師実験で結果がはっきり出てからやりたい子はやるというパターンが多いです。実験というのは,どの予想が正しかったのかを決めるものだからです。

◇問題以外のものの扱い方
・ 問題なのに選択肢がない場合
 選択肢がなくても,子供達がすっと答えられるようなら,それでいいでしょう。もしも,困ってしまうような子がいそうだったり「AかBかCかそれしかあり得ない」というような場合だったら,それを先生が選択肢にしちゃってもいいし,そういう場合でなかったら,子供達にどんなことが考えられそうか,いってもらって選択肢にするというやり方が一般的だと思います。
・ 質問
 質問は,必ずしも全員が答えなくてもいいものです。知っている子に答えてもらってさっと進めばいいというのが基本ですが,《足は何本》のアリの絵を書いてもらうところなどは,私は全員に書いてもらうようにして,問題と同じように扱っています。
・ 研究問題
 これは「やりたい人だけがやる問題」ということになっているので,基本的には,これについては抜かしてもよい問題といえます。そうはいうもの,内容的にとてもおもしろかったり,重要だったりして「ぜひやった方がいい」という場合もないわけではありません。
・ お話
 全部理解させようとか,読む練習をさせようとか思わず,楽しむことを第一にしてやりましょう。問題のような派手さはありませんが,お話は視野がぐっと広がるものが多いので,とても楽しめるものが多いです。もしも,お話の中に出てくるもので,簡単に用意できるものがあったらそれも見せてあげるといいでしょう。長いお話は,紙芝居になっているものもあります。
・ 実験できない問題の時
 次のお話で決着がつくようになっていることが多いです。問題の意味がちゃんと分かって,予想を立てていれば,お話での決着も実験と全く同じです。結果が何であったかが分からないようなことがないように授業すれば,実験した時と同じように楽しめます。

◇ 授業が終わったら
 ひとまとまりの授業をやったら,子供達の感想をぜひ聞いてください。感想は,ふつう次ページのような5段階で,楽しさと分かりぐあいをわけて聞くことと,文章でも書いてもらいます。正直に素直な気持ちを書いてもらうようにします。              この感想は仮説実験授業を何年もやり続けてもいつも聞く時は怖いです。でも,聞いてみないとわからないですし,どういう結果であろうと,そこからまた新たな出発があると思います。
ア とても楽しかった ア とてもよく分かった
イ 楽しかった イ 分かった
ウ 楽しくもつまらなくもなかった ウ 分かったとも分からないともいえない
エ つまらなかった エ 分からなかった
オ 全くつまらなかった オ 全く分からなかった

 ●その他
 仮説社から出されている『たのしい授業』という月刊誌があります。この冊子は仮説実験授業だけでなく,そこから派生して生まれた「たのしい授業」についていろいろ書かれている雑誌です。(ここに書かれていることは,ちゃんとそのとおりにやれば,そのとおりになるようなことばかりです)この雑誌には毎月の各地のサークル情報やイベント情報も載っています。 
 仮説実験授業は科学の授業ですが,その科学の内容のみならず「真理は多数決では決まらない」とか「人にはいろんな人のよさがそれぞれにある」というようなことも学べてしまうのもすばらしいと思います。