2018年秋の街角かがく倶楽部での授業はミニ授業書《鹿児島と明治維新》にしました。 このミニ授業書は,鹿児島市の観光案内的なことをしながら,明治維新についていろいろ明らかにしていく授業書です。その後半にこんな問題があります。
あなたは,どう思いますか? もしも,ご存じなかったら予想してみてください。
授業書にはこの結果は次のように書かれています。
長い文章ですが,結局は「県庁の役人(特にトップ)が,一般の県では他県出身者であることが多いが,鹿児島や山口は同県出身者が多い」ということで,正解をイ②と言っているのです。 しかし,鹿児島・山口というのは明治維新を推進した県です。つまり,明治維新後しばらくの中央の役人は鹿児島・山口出身者が多いのです。だとしたら,中央から派遣された県のトップが鹿児島・山口出身者であることは,別段おかしなことではないのではないか。それをもって,「抵抗があった」と言えるのだろうか? というのが,刈谷の講座でこの授業書を受けた娘(竹田かずき)の疑問でした。私はそれを聞いて「なるほど」と思いました。 (こういう疑問は娘が抱くだけではないようです。実際に街角かがく倶楽部で授業した時に,同じようなことを言った人がいました) こんな出来事があった後,私が調べて,問題形式にしてみたのが以下のようなものです。 もしもよろしかったら,お付き合いください。 |
① 現在県知事は県民による選挙で選ばれます。 しかし,明治の初め,県知事は政府から任命されました。それでは,県知事が県民の選挙で選ばれるようになったのはいつからだったと思いますか。 予想 ア 大日本帝国憲法が制定されてから。 (1890年頃) イ 普通選挙法が施行されてから (1925年ごろ・大正時代) ウ 敗戦後 (1945年後) エ その他 |
結果は、
県知事を住民の選挙によって選ぶようになったのは,1947年からです。(結果はウ) ② 愛知県の場合,戦前の知事(つまり選挙で選ばれたのではなく任命された知事)は39人います。 この知事のうち,愛知県出身者はどのくらいいるでしょう? 予想 ア 8割以上 (30人以上) イ 半分ぐらい(20人前後) ウ 2割以下 (10人以下) |
結果は
1872年から1947年の愛知県知事の出身地 愛知県出身の人は0でした。 ③ では,ほかの県ではどうでしょう? ウキペディアで調べたところ,47都道府県のうち,歴代県知事の出身地が分かったのは27都府県だけです。 この27都府県ではどうでしょう? 愛知のように,地元出身の県知事の割合が1割以下のところが多いのでしょうか? それとも,愛知が特殊なのでしょうか? 予想 ア ほとんどの都府県が愛知と同じ。 (地元出身の知事はどこでもほとんどいない) イ ほとんどの都府県が愛知と同じではない。 (愛知のような県はほんの少し) ウ いろいろな都府県があって一つの傾向はない。 エ その他 |
結果は、
1872年~1947年の地元出身の知事の人数 47都道府県のうち判明した27都府県 街角かがく倶楽部の授業では,「明治の新政府と旧藩閥」のお話を読んだ後,この一連の問題を「おまけの問題」としてやりました。 私は,授業書の「明治の新政府と旧藩閥」というお話を分かりやすくするために,文章で書いてあることを下のような図にして示していました。 おまけの問題をやってから,もう一度この図を見ると,この資料の最初に紹介した授業書の[問題9]の答えが改めて納得できるような気がしたのですが,いかがでしょうか。 |